「海にも行きたいし、キャンプにも行きたいし。お祭りもあるだろうし、あ、花火も見たいよね。それに……」
「火原先輩、遊ぶことばかりですね。講習とか、大丈夫なんですか?」
思わず香穂子が尋ねる。
娯楽ばかり上げ連ねるのは火原らしいといえば火原らしいのだが、半年もしないうちに受験を迎える身分のはずなのに、そちらの項目が一言も出て来ない彼の事が、香穂子はほんの少し心配になるのだ。
「やっぱ駄目かなあ? 兄貴とかにもさ、お前は全く緊張感がないって怒られるんだけど」
しゅん、としょげて、火原は肩を落とす。駄目じゃないですけど、と香穂子はまた苦笑いしながら、よしよし、と火原の跳ねる髪を撫でてあげた。
「遊ぶのもいいですけど。……そりゃもちろん、ちゃんと付き合いますけど。でも、やんなきゃなんないことはちゃんとやりましょうね。私も頑張りますから」
「うん!」
明るく笑って、火原が大きく頷く。結局この笑顔に弱いんだよなあと一人ごちて、香穂子は呆れたように笑った。
確かに毎年夏は楽しみで、元々自分に似合った季節なのだろうと思う。本当は冬生まれだということを告白すると、ほぼ100パーセントの確率でびっくりされるくらいだから。
それでも、どうしてだろう。
今年はいつもより、夏休みが待ち遠しい。
期待に弾む鼓動も、いつもの夏よりも、拍動の回数が増えてるような気がするし。
「えっと……課外や補習もあるし、先輩が言ったこと全部やるとしたら、まずは海かな。後は、近場の夏祭りと花火の予定も調べておかないと」
いつもの駅前のカフェで、夏向けの限定デザートを注文して、それが席に届くまでの間に、香穂子が荷物の中から徐にスケジュール帳を取り出す。結構その気になっている香穂子に、火原は笑い出したくなる気持ちを必死で押さえる。
「香穂ちゃんだって、何だかんだ言っても結構乗り気じゃないの?」
「えっと……それは、だって」
頬を染める香穂子が、上目遣いに火原を睨む。少しからかったことを怒ってるつもりなのかもしれないけど、そういう表情も可愛いな、と思ってしまうから、本当に火原は目の前の女の子が大好きだ。
「だって火原先輩と一緒に過ごせる最初の夏ですもん。そりゃ、私だって気合い入ります」
香穂子の告げた言葉に、頬杖をついて聞いていた火原が、一つ大きく瞬きをする。
何だっけ、これ。
そうだ、目からウロコってやつだ。
もう間近に迫る夏の到来に、いつも以上に弾んでいた鼓動の意味が、香穂子の言葉で、あっさりと腑に落ちた。
いつも以上に、夏休みで起こるはずのあれこれを楽しみにしていたのは。
それが好きな女の子と経験する、初めての夏の出来事だからだ。
ただでさえ、長期休暇の解放感に心は浮き足立っているのに、その全てが他でもない香穂子と過ごす時間になるからこそ。
例年以上にドキドキする、夏の行事への期待感。
「……あのさ、香穂ちゃん」
誰も聞いていないだろうに、何となく他の人に知られるのは恥ずかしくて、火原はほんの少し座席から身を乗り出して、ひそめた声で香穂子へと語りかける。
こちらは意味合いが良く分かっていないだろう香穂子が、はい? と首を傾げながらも、火原につられたように懸命に火原の言葉に耳を澄ましてくれる。
「あのさ。……二人で一杯楽しもうね! 海とか、花火とか。夏祭りの時にはリンゴ飴買ってあげるし、キャンプに行ったら、おれ、おいしいカレーとか、がんばって作ってあげるから!」
「えっと……じゃあ、私は夏祭りの時には浴衣着ようかな。……っていうか、キャンプで料理は私の女の子力の見せ所ですから、譲りません!」
「じゃあ、おれはどこで男の子力見せたらいいのかな……」
困ったように首を傾げる火原と一緒になって、香穂子も困ったような顔で、うんうんと悩んでくれる。
「えっと……火を起こすとか、マキを割るとか?」
「……そんなに本格的なキャンプ、さすがにやらないよ」
会話の内容の馬鹿馬鹿しさに、二人して顔を見合わせて。
同時に吹き出して。
注文したフルーツのシャーベットを席に届けた店員さんに不審な目で見られるくらいに笑い転げていたことも。
いつか辿り着く未来で振り返る時には、優しい想い出話になるであろう、そんな初めての夏の大切な一頁。
だから、まずは海に行こう。
波飛沫を浴びて、一日中、目一杯二人ではしゃぎ回って。
ドキドキと高揚する気持ちを抱えたまま、二人で過ごすこの暑い夏を、快適に乗り切るのだ。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:09.7.11/加筆修正:2010.7】
ちょっとだけノリが地日創作と被ってるなと思いながら、まあ周りを気にせずはしゃぐのはきっと同じだろうと思うので、これでいいか、と(笑)
水着にドキドキ~ってなベタな話も考えてはいたんですが、絶対何処かに同じような火原創作がありそうな気がして(笑)


