高校生活最後の夏休み、何がしたい?と香穂子に尋ねてみたら、「一度でいいから、浜辺で花火やってみたい!」と無邪気な答えが返って来た。
衛藤は思わず吹き出す。
「あんた、子どもかよ!」
そう突っ込んだら、香穂子ががっくりと肩を落とす。
「……衛藤くんが嫌なら、別にいいけど」
「別に、嫌だなんて言ってないだろ」
衛藤が慌ててフォローする。
彼女を「子どもみたいだ」と称する時は、純粋で、無邪気で、可愛い、という肯定的な意味で使っているつもりなのに、どうやらいまいち、彼女にはその本心が上手く伝わっていないらしい。
夏休み中の砂浜は、似たようなことを考える若者の集団でごった返していた。
できるだけ、周りに人がいない空間を選んで、香穂子はバッグの中に入れていた花火セットと、少し大きめの紙コップとを取り出した。
「何だよ、それ」
特に紙コップが必要な飲み物は用意してなかったのに、と衛藤が訝しむと、香穂子はにっこりと笑って首を傾げた。
「花火の火を消す、バケツ代わりなの。後片付けも花火を楽しむマナーでしょ?」
どんなに小さなバケツでも、持って来るにはかさ張るからと、思案の末にこの結論に到った。きちんと火を消すのを確認しないと、危ない代物ではあるが、そこに気を使いさえすれば、花火が終わった後は水を捨てて小さく潰してしまえば更に身軽になる。成る程な、と衛藤は感心する。
「お水、汲んで来るから待っててね」
楽しそうに告げて、香穂子は砂を落とすための水道がある場所まで走っていく。転んだり、変な輩に捕まったりしなければいいな、と衛藤は若干不安な気持ちを抱きながら、その背中を見送った。
夏は日が落ちるまで時間がかかるし、かといってそう何時間も長居ができるわけじゃないから、準備が整うと、衛藤と香穂子は躊躇なく、小さな花火セットの一本一本に次々と火をつけていく。
どれにする、と香穂子に問われて、とにかく派手なやつと衛藤が答えると、男の子ってどうしてそう情緒がないのかな、と不満げに唇を尖らせた香穂子が、それでも衛藤のリクエストに沿ったものを選りすぐって差し出してくれる。
「俺が情緒ってやつを重視して、妙に柄でもない大人しい花火選んで悦に入ってる方が、よっぽど気持ち悪いだろ」
と衛藤が指摘すると、一瞬きょとんとして衛藤を見上げた香穂子が、それもそうだねと楽しそうに笑った。
「……時間、遅いのに大丈夫だったの?」
もう花火の本数が残り少なくなった時点で、香穂子がぽつりと衛藤に尋ねた。
衛藤が香穂子の横顔を見つめると、花火の明かりで照らされた柔らかな曲線を描く頬が、少し大人びて見えた。
「……何だよ、突然」
「私の我侭に付き合わせちゃったから、申し訳ないな、と思って」
「別に、気にする仲じゃないだろ」
少しだけ、放った言葉が冷たく響いた。しまったと口をつぐむと、香穂子が困ったような視線を衛藤に向けた。
「あのさ。……別に怒ってるわけじゃなくて」
香穂子にだけ、いつも上手く言葉が伝えられない。
いろいろと複雑な感情が入り混じって、右か左かというような、二者択一の明確な判断が出来ないからだと分かっているのだけれど。
「……俺が、あんたとの夏休みの想い出、作りたかったから。気にしなくていいんだ」
最初で最後の、同じ星奏学院の生徒として過ごせる夏休み。
きっとこれからも二人で過ごす夏は繰り返されるけど。
この条件で訪れる夏は、もう二度と来ない。
小さな花火セットは、すぐに底をついて。
派手で大きいものばかりを要求した衛藤のせいで、最後に残ったのは細く儚げな線香花火。
「よりによってこれかよ」
愚痴った衛藤に「だって、衛藤くんのせいだよ」と香穂子が苦笑いした。
「……女って、どうしてこんな味気ないもんが好きなんだ?」
二人、向かい合って、小さな火の珠を落とさないように、息を呑んで目の前の線香花火が放つ、細やかな光を見つめている。線香花火が終わってしまえば、この楽しい時間も終わる。だから衛藤は、できるだけ長くこの火花が光り続けるように、声のトーンを落として呟いた。
「うーん……可愛いから?」
こちらも声をひそめた香穂子が、何気ない衛藤の疑問に応じる。花火を摘んだ指先に振動を与えないように声をひそめる所為で、ぱち、と小さく爆ぜる花火の音が妙にはっきりと聴こえていた。
「後は……夏って感じがするから。私は好き」
「夏って。……花火って全部、そうなんじゃないの?」
意外な言葉を聴いた、というように顔を上げる衛藤の耳に、静かな香穂子の声が響いた。
「夏は賑やかな分、終わる時には寂しいものだから」
……普段は、衛藤が思わず心配になるくらいに無邪気で、子どもっぽい彼女は。
時々、不意に。妙に大人びた雰囲気を醸し出す。
その度に、どうしても彼女に追いつけない距離を持つ自分は。
何だか不安になってしまうのだ。
「別に、終わりじゃない」
衛藤の方が意地になるのはおかしな話だと分かっていながら、言葉に怒気を含むのを止められなかった。
「これからだって、ずっとずっと、続くだろ」
……もう少し、的を射た、優しい言葉を伝えられたらいいのに。
そう思いながらも、こんな言葉しか言えない自分に苛立つ衛藤に、香穂子はただ「そうだね」と小さく笑った。
やがて、ぽたりと乾いた音を立てて砂浜に小さな火が落ち、線香花火が終わる。
長く時間の経った夜の砂浜に、波が打ち寄せる音と、優しい静寂が忍び寄って来る。
「……終わっちゃったね」
小さく呟いた香穂子の声が、何だか本当に、寂しげな色を帯びていたから。
たまらずに、衛藤は手を伸ばす。燃え尽きた線香花火を握ったままの香穂子の腕を掴んで、引き寄せて。
これからも続いていく想いを込めて、柔らかな曲線を描く頬に、優しい口付けを落とした。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:09.7.11/加筆修正:2010.7】
拍手では初めて書いた衛藤くん。……何だか申し訳なく(笑)
志水も年下なんだけど、志水以上に衛藤を書く時には香穂子との関係性をどういう雰囲気に持っていけばいいのかと、結構悩んだりします。学生時代の2年の差って、多分大きいと思うので。衛藤は、年下故の不器用さを持ってて欲しい気がしますしね。


