「ごめんね、香穂ちゃん。毎日って訳じゃないんだけど、夏休みはずっとバイトの予定が入ってて」
シフトに点状に空きはあるものの、さすがに連休は取れそうにないから、一日遊ぶのは問題ないが、盛大なことは出来そうにないと王崎は申し訳なさそうに香穂子に告げる。
「バイトって何ですか?」
「ああ、おれだけじゃないんだけどね。大学の友人達と何人かで、海の家で」
「え!?」
本気で驚いた香穂子が思わず声を上げる。
確かに普段の王崎のバイト実績から見ても、どんな職種でもそつなくこなす人ではあるが、海の家でバイトというのは、さすがに香穂子の想像から逸脱し過ぎていた。
「季節限定だけれど、割のいいバイトなんだよ。忙しいけれど、やることなすことが新鮮で面白いし」
シーズン中のペンションの雑務のバイトなんかも面白いよと教えられて、香穂子は「へええ」と感心の溜息をついた。
「おれは一緒にはいてあげられないけれど、よかったら友達と一緒に遊びにおいでよ。かき氷とか、焼そばくらいなら奢ってあげるよ」
麦が原料の炭酸飲料は駄目だけどね、と笑う王崎に、香穂子が楽しげに笑い返して。
「……でも、王崎先輩がお仕事してる目の前で、私だけが遊ぶのも何だか悪いし……そうだ!」
ぱん、と両手を打ち鳴らして、香穂子は何だか楽しいことを思い付いた表情で、王崎を見つめた。
「先輩、バイトが終わるのって何時頃なんですか?」
終わる頃を見計らって遊びに行くから、一緒に帰りましょう? と香穂子は満面の笑みで、伺うように首を傾げた。
人の混雑が引いた小屋の中で、古い木製のテーブルを吹き清めていると、開きっぱなしの立て付けの悪い戸の陰から、小柄な人影が、ひょい、と店内を覗き込んだ。
「王崎先輩!」
聴き慣れた声に、弾かれたように王崎が顔を上げる。香穂子が入口で笑顔で片手を振るのを、目を細めながら出迎えた。
「いらっしゃい、香穂ちゃん。ここまで迷わなかった?」
「はい。……思っていたよりもお店が一杯で、名前も何か似てて、ちょっと戸惑ったんですけど、もう人が少ないですから」
夕暮れの色に染まる砂浜は、さすがに昼間ほどの人の量はない。王崎のバイトしている店も既に閉店していて、王崎は最後の後片付けの真っ最中だった。
「ごめんね、厨房もほとんど後片付けが終わってて、かき氷くらいしか奢ってあげられないんだけど」
「充分です。だって帰りに、夕飯一緒に食べるんでしょう?」
申し訳なさそうに言った王崎に、曇りのない笑みで香穂子が答える。
……この子のこういう些細な屈託なさに、随分と自分は救われているのだと、今更ながらに王崎は思う。
「……じゃあ、何にする? いちごとオレンジとメロンと、レモンとマンゴー、後はブルーハワイと宇治があるけど」
カウンターのかき氷機の前に立ち王崎が尋ねると、香穂子は王崎が二つ分のカップに氷の山を作る間、ずっとメニューとにらめっこして悩み、最後に苦渋の決断、という風情で「……マンゴーで」と厳かに宣った。
王崎がカウンターを手早く片付けて、立て付けの悪いドアの鍵を閉めて香穂子の元へ戻って来ると、香穂子が早くも表面が溶け始めている王崎のブルーハワイを差し出してくれた。
二人で並んで砂浜に座り、喧噪が落ち着いた夕暮れの海を、かき氷片手に眺めてみる。
「……なんか、こういうのも楽しいですね」
「そう?……おれは、香穂ちゃんと思っていたよりも会えなくて、バイト入れたことを少し後悔してるんだけど」
冗談めかしているけれど割と真面目な本心を告げると、香穂子がえへへ、と照れたように笑った。
「そりゃ、私も先輩とたくさん遊べないのは少し寂しいですけど。でも、こういう待ち合わせって、先輩がここでバイトしてないと、出来ない経験ですし」
遊びに来るわけでも、泳ぐでもなく。
それでもかき氷片手に波の音を聞きながら。
隣には、誰よりも好きな人がいてくれる。……それだけで、満たされる幸せ。
「……うん、おれも」
王崎自身が作った、きめ細やかな氷の爽やかな味が、舌先で難無く解けるのを感じながら。
確かに充分に、幸せかもしれないと。
王崎は容易く溶ける幸福を、しっかりと噛み締めた。
そして、暗い海が奏でる波の音を背後に聞きながら。
かき氷のシロップで色付いた舌を見せあって、手を繋いで、……笑って。
人の気配がなくなった砂浜で、王崎と香穂子は。
それぞれの口の奥に残った甘さを、唇越しに、お互いに分け与えるのだった。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:09.7.11/加筆修正:2010.7】
珍しく甘い王日創作(笑)
渡瀬も学生時代はバイトばっかりしてましたけど、ペンションのバイトってやってみたかったんですよね。ただ、あれって行楽地で泊りがけで募集するのが多くて、長期のバイトを持ってた渡瀬は行けなくて。……アレ?何の話ですっけ?(笑)


