登校途中、背後から追いついてきた天羽に背中を叩かれてそう言われ、香穂子は思わず片手で自分の頬を撫でた。
「そっかな。……そんなことはないと思うんだけど」
そう弁解しながらも、我ながら説得力がないなと香穂子は実感する。……どうしても、頬が緩んでしまうからだ。
もちろん、天羽がそんな香穂子の変化を見逃すはずもない。
「だって全然、表情からして違ってるし。そうねえ、天羽さんの鋭い勘によれば、……月森くんと何か進展があったと見た!」
「な、……何で分かるの!?」
馬鹿正直に反応してしまい、香穂子は瞬時に後悔をする。天羽の目が、見る見るうちに好奇心に満たされて、キラキラと輝き始める。
「冗談のつもりだったのに、マジなの!? ちょっと、取材取材!この際授業なんてどうでもいいから、早速詳しいこと聴かせてよ!」
「ちょ、ちょっと、天羽ちゃん!」
香穂子の抗議の声は、黙殺された。そのままずるずると天羽に引きずられて報道部の部室へと連行され、香穂子は面と向かって天羽の事情聴取を受ける羽目になる。
……結局それが、ただの女子トークへと変化していったのは、天羽が『取材』と称するその裏側で、案外純粋に香穂子のことを心配してくれていたからなのかもしれない。
「……え、じゃあ結局ただ告白されただけなの?」
ぽかんとあっけにとられた表情で、一部始終を香穂子から聞き出した天羽が言った。椅子の上に、身を縮めるようにして座り込んでいた香穂子が、小さくこっくりと頷いた。
そう、月森に「惹かれていたんだ」と言われて、抱きしめられたりはしたものの、特にその先がどうという展開はなかったのだ。
腕を解かれ、照れたように視線を反らした月森に「……もう遅いから、送っていく」と言われて、まだまだ現実が呑み込めていないぼんやりとした頭のまま、人ひとり分の距離を置いて、会話もないままに家へ帰って来ただけで。
「……あー、ちょっと待ってね。一応確認するわよ?」
こめかみに指を当て、困惑した様子で天羽が前置きする。じいっと香穂子の顔を覗き込み、真剣な表情で尋ねた。
「アンタは、月森くんのことが好きなのね?」
香穂子は、微かに息を呑む。……それは、昨日一日、眠れないままにずっとベッドの中で寝返りを打ちながら、何度も何度も、繰り返し考えていたこと。
頬を染めて俯いた香穂子が、もう一度小さく頷く。やっぱりねえ、と天羽が一人ごちた。
「やっぱり?」
香穂子自身ですら、この想いに気付いたのは昨日のことだ。妙な確信に満ちた天羽の言葉は、意外だった。
「香穂子は気付いてなかったかもしれないけど、多分周りは皆、薄々勘付いてたと思うわよ。アンタたちが二人でいる時、やけに雰囲気が良かったもの」
「あ、そ……そうなん、だ……」
増々恥ずかしくなって、香穂子は足元を見つめる。頭上で天羽の溜息が響いた。
「しっかし、月森くんの告白に返事もしてなければ、携帯の番号すら聞いてないだなんて……もうすぐ月森くん、ウィーンに戻っちゃうんでしょ? せっかく両想いなのに、どうする気なの?」
「どうするって……」
……どうしたらいいんだろう?
改めて問われると、全くこれから月森とどんなふうに接していけばいいのか、香穂子にはわからない。
見離されてない、嫌われてない。……惹かれていると言ってもらえた。それだけで昨日は、満ち足りた気持ちだったから。
「月森くんも月森くんなのよね。告白したって、肝心の香穂子の気持ちをはっきり聞いてないんじゃ、意味ないのに。……まあ、勝手にいい方に解釈してるってこともあるけど」
何かを思い悩むように空を睨みながら、天羽が靴底の音を響かせて部室の中を歩き回る。見るともなく、何の策もない香穂子が、そんな天羽を見つめていた。
「……うん。とにかく、アンタの気持ちをはっきり伝えることが第一なのよね!」
一人納得して、天羽は大きく頷く。香穂子に向かって指先を突きつけ、大声で言った。
「今度の休みに、月森くんを誘って、デートしてらっしゃい! そこできちんと告白の返事をして、今後のことを決めてくるの!」
「え。……えええええ~~!?」
驚いた香穂子が、思わず情けない声を上げる。
「急にデートって……月森くんの都合もあるだろうし、私からは誘いにくいよ~~。それに、次の休みって……後5日しかないんだけど!」
心の準備が!と抗議する香穂子に、天羽は厳しく、きっぱりと言った。
「何言ってんの。月森くんの一時帰国がいつまでなのかも分からないのよ? 今度の休みじゃ遅いかもしれないってくらいなのに」
「そ、それはそうだけど……」
まだ躊躇っている香穂子に、先ほどまでの勢いが嘘のような静かな声で、諭すように天羽が言った。
「……じゃあアンタは、こんなに曖昧なままで、また月森くんと離れ離れになっちゃってもいいの?」
天羽の言葉に、香穂子は思わず目を見開く。
それは、昨夜ベッドに潜りこんで、何度も何度も繰り返した自問自答。
せっかく好きだと気付いたのに。
……好きになってもらえたと知ったのに。
今のままでは結局何も変わらないままに、月森は再び、遠い場所へと旅立ってしまう。
「……良くない」
両膝の上にぎゅっと拳を握って呟いた香穂子に、天羽は満足げに笑って頷く。
「そうでしょ。だからと言って、月森くんがこちらの思惑通りに行動をしてくれるとは限らないわよ。……だったらここは、香穂子の方から頑張ってみなさいよ」
視線を上げて、香穂子は上目遣いに天羽を見つめる。……励ますような天羽の眼差しに、心を決めて、きゅっと唇を引き結んだ。
「……土曜日に、月森くんの家に行ってくる」
「そうこなくっちゃ!」
諸々の決意を固め、香穂子がそう宣言すると、天羽が嬉しそうにパンッと両手を打ち鳴らす。
……なかなか踏み出せない臆病な自分の背中を、強引に押してくれた天羽に感謝の念を抱きながらも、香穂子はついつい、じとりと天羽を横目で睨んでしまう。
「……天羽ちゃん、面白がってないよね?」
「そ……ソンナコトハナイワヨ?」
普段より1オクターヴ高い声で天羽が言い、不自然に香穂子から目を反らした。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:11.5.2】
連作なので、あとがきは最後の作品で!


